第1章 自分の老いも他人の老いも素直に受け入れる
第1章 自分の老いも他人の老いも素直に受け入れる
いつまでも老いを受け入れられずにいると、「こんなに足が弱くなった自分はダメ老人だ」「昔のように賢いことが言えないバカ老人になってしまった」と、自分を否定する方向に向かいます。
その否定的な視線が、他人に向かうこともあります。
つまり、「自分は認知症になってまで生きたくない」などと言って老いと闘っている人が、闘っていない人や比較的早く老いが進んだ人を見下す、「高齢者による高齢者差別」です。
ただ、いつまで老いと闘えるかは個人差がある以上、そこで差別的な見方をすべきではないといえます。
以前、関与していた有料老人ホームが、認知症や重度の要介護になっても、ずっと入居時と同じ居室で暮らせるというコンセプトを打ち出したことがあります。
その場合、食堂などでは、車いすの人や認知症が進んだ人と、比較的元気な人が同じ空間を共有することになります。
それは多様性があってすてきなことだと思いきや、元気な入居者側からクレームが出て、結果的に、要介護度が重い人とそうでない人が暮らす棟を分けることになりました。
まだ元気な入居者にしてみれば、要介護度が進んだ入居者の姿を目にするのは、「明日はわが身」を思い知らされるようでつらいものがあったのでしょう。
その思いは理解できます。
でも、老いを受け入れようとしない高齢者による高齢者差別の構図には、やはり違和感を覚えます。
歳をとるということは、いろいろな生き方が訪れることだと思っています。
その「いろいろな生き方」には、車いすや寝たきりの生活、あるいは認知症になるということも含まれます。
ボケたくない、足腰を弱らせたくないと思い、そのためにできるだけ努力をすることは大事だと思います。
でも、いざ認知症や歩行困難になったら、「なったなりに生きていく」という発想もまた必要です。
その発想がもてないと、そこから先の人生は生きる価値がないという考えに行き着きます。
それは、とても残念なことだと思います。
高齢者は、社会的には「弱者」ということになるでしょう。
そして、人間は究極的には弱い生き物であるということを、素直に受け入れられるのが高齢者の特性だと思っています。
自分の老いのみならず、他人の老いも受け入れられることが、「品格」と呼べるのではないかと思います。
「老いの品格 品よく、賢く、おもしろく より」
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人の体の老化は20代ごろから始まります。
老化は生きている以上避けられないものですが、何をどう食べるかで進行程度が変わってきます。
30代では個人差はさほどありませんが、40歳を過ぎて中年期に入るころからだんだん差が生じ、65歳を過ぎて高年期に入ると、健康状態にはっきりとした差が出ます。
健康寿命をのばす食生活に加えて、年代別の食べ物・食べ方に気をつけると、病気予防がいっそうアップします。
動脈硬化は年齢とともに発症しやすくなり、50代になるとほとんどの人(女性は60代から)に動脈硬化が見られるようになります。
認知症の多くは、脳血管障害の積み重ねで起こり、その原因のほとんどが脳梗塞です。
ですから、脳梗塞の前兆である隠れ脳梗塞を早期発見することで多くの認知症を防ぐことができるのです。
脳梗塞は、高血圧や糖尿病などの病気が原因となったり、生活習慣などによって血液がドロドロになって血液循環が悪くなったりして、血管が厚く狭くなり、脳の血管が徐々に詰まって進行していきます。
一般的に、脳梗塞の初期には、大きさ数ミリ程度の微小な梗塞が数個出現し、段階をへるごとにこの梗塞が脳のあちこちに見られます。
このような症状のないごく小さな梗塞が隠れ脳梗塞(無症候性脳梗塞)です。
「隠れ脳梗塞(無症候性脳梗塞)は、早い人だと30代からあらわれ、40代を過ぎると急に増加するといわれています。
脳梗塞をはじめとする脳血管障害を生活習慣病の一つととらえ、ふだんから健康に保つ生活を心がけましょう。
ビタミンB12やB6、葉酸の吸収が悪くなると、活性酸素やホモシステインという老化物質が増え、動脈硬化を生じることもわかっています。
ビタミンB12について?